【まどか☆マギカ本編のネタバレ含】劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉について考えていること

6vMashです。


3月のプリレコ14で頒布された合同誌『追憶と展望:Recollection』(サークル:Madoka Institute of Theoretical Puella Magi)で、私が経験した魔法少女まどか☆マギカの思い出について寄稿させていただきました。

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放映当時のことを振り返りつつ、作品を見始めた理由や、長年における続編の存在の示唆や公開延期などの紆余曲折がありつつも、公開が今年に迫った続編への意気込みなどを語ったが、前述の通り当時の思い出を中心とした語りであったため、続編についてどう考えているのかについては詳しい言及をすることができませんでした(実際に執筆していたときにうまく纏められなかった、反省)。
4月となり、2025年度が始まったこのタイミングで改めて、『ワルプルギスの廻天』について現状考えていることの整理をつけ、すっきりとした気持ちで"2025年冬"を迎えたいと考え、筆の赴くままに執筆を進めています。すでにどこかの誰かが言及をしている、何番煎じかもわからない感情任せの駄文になってしまう可能性が高いのですが、しばしお付き合いいただけると幸いです。

まどか☆マギカ本編のネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

TV版(及び劇場版前後編)と新編:叛逆の物語のストーリー構造は、世界のあり方を変えられる力を手にした2人の少女、まどかとほむらがどのような選択をするかを軸に、“救済”と“執着”という相反する価値観を巧みに描き分けている。
前者においては、まどかが全ての魔法少女の苦しみを終わらせるために自らを犠牲にし、世界の構造自体を書き換える“救済”の選択を行う。一方、後者においては、ほむらがその救済の中に沈んでしまった、かつてのループで出会ってきたまどかの意志を取り戻すため、彼女の信念すら否定してでも奪い去るという、“執着”の選択を下す。
この対比がとても美しく、『まどか☆マギカ』の物語は既に綺麗にまとまっており、故に続編を強く望まないといった声が多くあるというのも頷ける。

 

そのような背景があってもなお、私が続編を楽しみにしている理由は2つある。

1つ目は『ワルプルギスの廻天』のキャッチコピー、"さあ、物語をつづけましょう"に感銘を受けたこと。
これは最初に発表された映像・キービジュアルとともに世に放たれた言葉である。
既存作品の"つづき"を描くことに関しては、ともすれば蛇足になりかねず、その製作には極めて慎重な姿勢が求められる。
このキャッチコピーでは、続編を制作するという決断の下、新編から12年の時を経て再び時が動き始めるのだということをまるで我々に語りかけるかように示しており、台詞形式にすることで、この言葉の発話者が誰であるか?どのような意図があるのか?といった想像の余地を与えている。

 

2つ目はとてもシンプルに、魔法少女たちが動いている姿をもう一度見たいということ。
これまで一生懸命に戦い、決断をしてきた魔法少女たちの軌跡を見てきたひとりとして、彼女らの姿を再びスクリーンで見られると思うと楽しみで仕方がなく、彼女らがどのような物語を紡いでいくのか目が離せない。
また、『まどか☆マギカ』は私自身15年近くに渡り好きであり続けている、いわば人生のオールタイムベストのような作品である。
初めてこの作品に出会ったときと比べ年齢が倍以上になっており(!)、その年月の積み重ねが作品の見方をどう変えるのかを確かめてみたい気持ちを強く感じている。そう考えると冒頭で紹介した合同誌に、放映当時の記憶を思い起こしながら書いた文章を寄稿させていただいたことにも明確な意味が生まれるのではないかと思う。

 

『ワルプルギスの廻天』の詳細な公開日はまだ伏せられているが、"2025年冬"は徐々に近づいて来ている。
ちょうど先日リリースされたアプリゲーム『魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra』を遊びながら、募らせた思いを爆発させるその時を、今か今かと待っている。